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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)2415号 判決

原告 大谷哲平

被告 星製薬株式会社

主文

原告の訴をいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は、「被告の昭和四四年一月二三日開催の株主総会における別紙第一目録記載の各決議および昭和四五年一月三一日開催の株主総会における別紙第二目録記載の各決議をいずれも取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

(一)、原告は被告の株主である。すなわち、訴外亡大谷米太郎は被告の株式八万八、五六〇株を所有していたが昭和四三年五月一九日死亡した。原告は右大谷の長男であり少くとも九分の二の法定相続分を有するところ、右株式は分割可能であるから、原告は右同日相続により右株式のうちその相続分にあたる一万九、六八〇株を取得したというべきである。

(二)、被告は昭和四四年一月二三日および昭和四五年一月三一日いずれも東京都千代田区丸ノ内三丁目二番地日本工業倶楽部において定時株主総会を開催し、別紙第一・第二目録記載の各決議をしたが、原告に対し右各総会の招集通知をしなかつた。当時原告は前記のとおり被告の株式一万九、六八〇株(これは被告の発行済株式総数二〇万株の九・八四パーセントにあたる。)を有し、一万九、六五五株を有する訴外丸宏証券株式会社とともに被告の筆頭大株主の一人であつた。したがつて右各総会はその招集手続に重大な瑕疵が存在する。

(三)、よつて前記各決議の取消しを求める。

二、被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として次のとおり述べた。

(一)、請求原因(一)の事実中、大谷米太郎が原告主張の株式を所有していたこと、原告主張の日に死亡したこと、原告が右大谷の長男であり九分の二の法定相続分を有することは認めるが、原告が被告の株主であることは争う、その余の事実は不知。

原告が相続によりその主張の権利を取得したとしても、被告の株主名簿にはいまだその旨の記載がなされていないから、原告は右権利の取得を被告に対抗できない。

(二)、同(二)の事実中、被告が原告主張の日時場所において定時株主総会を開催し原告主張の各決議をしたこと、原告に対し右各総会の招集通知をしなかつたこと、丸宏証券が原告主張の株式を有することは認めるが、その余の事実は争う。

右総会招集通知当時原告は被告の株主名簿に株主として記載されておらず、前記大谷米太郎が株主として記載されたままであつたので、被告は商法二二四条一項の規定にしたがい右大谷宛に総会招集通知をなしたものであるから、右総会の招集手続に瑕疵はない。

三、原告訴訟代理人は、被告の答弁に対する反論として次のとおり述べた。

被告が大谷栄太郎宛に総会招集通知をしたことは争う。仮に通知したとしても、当時被告は、右大谷の死亡の事実、原告を含む各相続人の氏名・住所、原告が右死亡当時より被告に対し原告にも株主総会の招集通知をするよう要求していたこと等を知悉していたものであり、それをあえて右大谷宛に通知したのは、原告を関連会社十数社よりなる大谷家の事業から排除する目的で信義の原則にそむき悪意でこれをなしたものである。かかる場合は商法二二四条一項の規定による免責の効果は生じないというべきであるから、右大谷宛に通知したからといつて適法な招集手続がなされたことにはならない。

四、証拠〈省略〉

理由

原告が大谷米太郎から相続によつて被告の株式一万九、六八〇株を取得した株主であるとして本件各訴を提起していることは明らかであるところ、右大谷が被告の株式八万八、五六〇株を所有していたこと、同人が昭和四三年五月一九日死亡したこと、原告が同人の相続人であり九分の二の法定相続分を有することは当事者間に争いがないが、原告の主張に照らすと右大谷の相続人は原告を含めて数人存在することが認められるので、まず、相続財産たる右大谷の株式が共同相続人にどのように帰属するかについて按ずるに、原告は右株式は当然分割され各共同相続人がその相続分に応じた数の株式を取得する旨主張していると解されるが、株式は可分給付を目的とする債権とは解し難いからこれについて共同相続が開始した場合各共同相続人がその相続分に応じた数の株式を承継するとは断じ難く、共同相続財産たる株式は相続人全員に共同的に帰属し、各相続人はこれにつき相続分に応じた持分を取得するにすぎないと解するのが相当である。したがつて、原告の右主張は採用できず、他に特段の事情の認められない本件にあつては、原告は前記大谷の所有していた被告の株式につきその相続分に応じた持分を有するにすぎないというべきである。ところで、このように株式が数人に共同的に帰属するときは、その株式について会社に対し株主としての権利を行使するためには、右数人において株主の権利を行使すべき者一人を定めこれを会社に通知しなければならず(商法二〇三条二項)、会社に対する関係における株主としての諸権利はすべてこの者に限つて行使することができ、他の者は、これを行使し得ないというべきところ、株主総会決議取消の訴を提起する権利が右の権利に含まれないと解すべき格別の理由も見出せない。しかるところ、弁論の全趣旨によれば、前記大谷米太郎に属していた株式についてその共同相続人間においていまだ株主の権利を行使すべき者を定めていないことが明らかであるから、これにつきその相続分に応じた持分を有するにすぎない原告は株主として本件各訴を提起する権利を有しないといわなければならない。本件においても窺われるように、共同相続人相互間に利害の対立があり相続株式につき権利を行使すべき者を定めることが事実上困難な場合には、相続人の一人が株主としての権利を行使しようとするにはまず相続株式の分割を求めなければならず、そのため株主総会決議に瑕疵があつても直ちに職務執行停止・代行者選任の仮処分を申請するなどの措置をとり得ないという不都合が考えられないではないが、そのゆえをもつて前記条項による明文の規定に反してまで持分権者の状態のまま株主としての権利を行使し得ると解することはできないし、また、決議取消の訴を提起することをもつて民法二五二条但書にあたる株式の保存行為とみることも困難である。

以上の次第で、原告の主張する株主資格はこれを認めることができず、原告は本件各訴につき原告適格を有しない。

なお、仮に原告が相続により相続分に応じた数の株式を取得したとしても、株主総会決議取消の訴を提起し得る株主は、会社が正当な理由なく名義書換請求を拒絶した場合、または会社の過失による名義書換未了の場合等会社においてその請求者が株主であることを否認することができない場合を除き、株主名簿上の株主であることを要することはいうまでもないところ、弁論の全趣旨によれば、原告は被告の株主名簿に株主として記載されていないのはもとよりいまだ名義書換の請求すらしていないことが窺われるから、この点からみても原告は本件各訴につき原告適格を有しないといわなければならない。

よつて、原告の本件各訴は不適法というほかないから、決議取消原因の有無を判断するまでもなくこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安岡満彦 丸尾武良 根本真)

(別紙)第一目録

一、大谷米一、大谷孝吉、日村豊蔵、古海忠之、西村豊および岡本孝吉を取締役に選任(重任)する旨の決議

一、菊地節郎および関野藤光を監査役に選任(菊地は重任、関野は就任)する旨の決議

一、第九期決算書類等承認する旨の決議

以上

(別紙)第二目録

一、菊地節郎および関野藤光を監査役に選任(重任)する旨の決議

一、第一〇期決算書類等承認する旨の決議

以上

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